波の会話

デリック・リン

 

 

昔、不幸せな小さな波がいました。「私はとても不幸だわ。」と嘆いていました。「他の波は大きくて力強いのに、私はこんなに小さくて弱いわ。どうして人生はこんなに不公平なの。」

他の波が通り過ぎようとしたとき、小さな波が嘆いているのを聞きました。そこでその波は立ち止まり言いました。「君は君のもともとの本性を見たことがないから、そんなふうに考えるんだよ。君は自分が波だと思っているから苦しむんだ。実際にはそうじゃないんだよ。」

「何ですって?」小さな波は驚いて言いました。「私は波じゃないの?でも、私が波であることは間違いないわ。波頭があるでしょ。小さいけれど波だって立つわ。私が波じゃないって、一体どういうことなの?」

「ここで君が言う波は、ただ単に短い間、君が思い込んでいるだけの一時的な姿なんだよ。君は本当はただの水なのさ。それが君の本質だと完全に理解できたら、波であることに悩まされることなんてないと思うよ。君は悲嘆から開放されるのさ。」

「もし私が水だとしたら、あなたは何なの?」

「僕も水さ。僕はどうしてか一時的に君より大きな波の姿を担っているんだ。でも、大きな波であるということは、僕の本質、つまり水であることを変えはしないんだ!僕は君でもあり、君は僕でもあるんだ。僕たちは大いなる僕たち自身の一部なんだよ。」

多くの人々は、誤って自分が自分にしか属していないと思い込み、物質世界として知られる幻想から抜け出せずにいます。したがって、彼らは自分と他人を比べるのです。そして何らかの不足や不平等に気付くとき、ひどく落ち込むのです。もし彼らが、私たちすべてが自然の一部であることをしっかりと理解するならば、今とはまったく違った感じ方をするでしょう。科学的説明を超越した根本的な部分において、私たちの誰もが他の人々それぞれと繋がり合っているのです。私たちは大いなる全て、つまり、大霊、普遍的直感、神、の一部なのです。