タオの生き方

 
              

デリック・リン
 

 

昔々、金、ダイアモンド、宝石を入れた金庫がありました。この金庫を守るため金庫のドアには頑丈な錠がかけられていました。

大きなバールがやってきて、錠を次の挑戦相手に選びました。彼が今までに壊せなかったものはありません。金庫の持ち主は、本当に単純な錠ひとつで金庫を彼から守ることができると思ったのでしょうか。

バールは、分厚くて重い鉄の塊です。今までに数えきれない木箱、収納箱、戸棚が彼の攻撃により分解されました。彼は自分の強さと破壊力にかなりのプライドを持っていました。錠を見て、彼は手柄を得るために錠を叩きつぶしてしまおうと思いました。

バールは鍵を粉々にしようと思って錠を打ちつけました。けれども、びくともしません。彼は驚きました。もう一度もっと力を込めてたたきましたが、結果は同じです。錠はへこみさえしないのです!彼はイライラし始めました。

あらん限りの力を振り絞って彼は錠を何度も何度も打ち付けました。火花が飛び散り、耳をつんざくような音がしました。彼がついに疲れきって手を止めたとき、錠がまだ無傷なままなのを見て驚きました。これは彼が今までのなかで一番てこずった相手です。

そこへ鍵がやってきたとき、彼はまだ次に何をしようかと考えていました。彼は鍵が自分よりかなり小さいのを見ました。両者の違いは劇的でした。彼は大きくたくましく、彼女は小さくひ弱でした。

彼女は彼に尋ねました。「あなたがさっき大騒ぎをした人?」

「お楽しみはこれからだ。一息ついたら、この錠に誰がボスかを思い知らせてやる。」

「必要ないわ。」と鍵がいいました。彼女は錠の中に滑り込み、少し回りました。バールはカチッという音を聞きました。そして、錠は開いたのです。

彼は信じられませんでした。「ちょっと待ってくれ。そんなばかな。俺はお前よりずっとパワフルだ。俺があんなに頑張っても開かなかったのに、どうしてそんな簡単に開けられるんだ?」

鍵は彼に言いました。「私は錠の心がわかるからよ。」

私たちすべてが人生において障害に出会います。障害は私たちを欲するものから遠ざけイライラさせます。障害に対抗しようとすると、道にはだかるものを粉々にするか叩きつぶすために強引なアプローチをしたくなり、私たちはバールのようになりやすくなります。言葉にも同様の傾向があります。問題に直面し大きな成果をあげたとき、私たちはそれを現状打破と呼びます。

大抵はバールのアプローチはうまくいきません。例えば、売り口上に反感を買うセールスマンは、高圧的販売戦術に頼っているのかもしれず、それはよりいっそうの反感を買うばかりです。バールがそうであったように、過ぎた努力は騒音を引き起こし、成果は少しどころか何もない場合もあります。

誰かと意見の相違があり、自分が正しいとわかっていたときに何が起こるかを考えてみてください。あなたの態度はより強硬になります。相手の議論を打ち砕き、ひとつずつ相手の論点をつぶしていきます。けれども、大変がっかりすることに、相手はより頑固に自分の意見に執着し、あなたの論理性を拒絶します。相互関係にひずみが生じます。ついにはバールのように疲れ果てて議論をやめなくてはいけなくなります。

タオの賢者はそのような人生の障害に対して、ずいぶん違った方法で接します。自然を観察し、彼らは本当に強いものは強く見えないということに気付いています。長い目で見れば常に「柔らかさ」が「硬さ」に勝るのです。ですから、道徳経の第43章には次のように記されています。

       世界でもっとも柔らかいものは

       世界でもっとも硬いものを制覇する。

例えば、水は非常に柔軟でどんな形にも適合します。けれども、石は硬い固体です。けれども時間があれば、水は石に浸透し、切り裂き、すり減らし、洗い流すことができます。

他にも多くの例があります。ハリケーンが来るとき、低くしなやかな草は風とともに折り曲がることで生き残り、硬く巨大な木々は根こそぎに倒されます。人が年老いたときのことを考えてみましょう。歯(硬いもの)は失いますが、舌(柔らかいもの)はそのままです。

この点を人間関係にも当てはめると、他者に自分の意見を強要することはさほど良いことではないということがわかります。言い争いのなかで、最も重要なのは正しくあることではありません。徹底的に自分は正しいと言い張ることはできますが、相手に勝つことはないでしょう。実際には、反対の結果となり人々を追いやることになるかもしれません。

通常、私たちがあることを強要したり合意を強いたりすると、私たちがそれに注いだものに釣り合ったものを得ることはほとんどありません。その努力と奮闘は進展につながりません。そのかわりに、相手は緊張感を高め、調和を壊し、関係が悪化します。

はるかにいい方法-タオの方法-は、鍵のようであることです。鍵にとって錠は障害ではありません。なぜなら、鍵はその内部のしくみを知っているからです。同様に、問題に直面したとき、外側からそれを攻撃するのではなく、内側からそれを理解することが必要なのです。ひとたびその問題の核心を完全に理解すると、その問題は障害として存在しなくなります。粉々につぶすものも打破するものもなくなるのです。

完全な理解をもって立ち向かうと、目的を達成するために要する努力はほんの少しでよくなります。鍵をほんの少し回すだけでいいように、あなたの行動は多くを求められませんが、あなたは緊張を減らし、調和を生み、関係を築いて合意を得ることができるのです。これが無為の秘密です。一見したところほとんど何もしないことによって、賢者が達成できないことは何もないのです。賢者の洞察―逐語的には内面の視野―が、この秘密の鍵なのです。

同様のことが問題に直面したときにのみではなく、日々の人との相互関係において適用することができます。すべての人々の心は、金庫のように錠がかけられ頑丈な錠で保護されています。金庫のなかの宝は、心にある愛、友情、支えの大きな可能性を意味します。

もしあなたがこの宝を得たいのなら、あなたのバールを捨ててください。それがどんなに丈夫かは関係ありません。それでドアをこじ開けることは決してできません。代わりに親切さと思いやりの鍵を使ってください。あなたがこの鍵を差し込めば、錠に完璧に合致することでしょう。そしてほんの少し鍵を回すと、金庫のなかのすべての宝があなたのものになるのです。