タオの生き方

  
所有することと楽しむこと 
 

デリック・リン

 

美しい日のことです。空は澄み、外は心地よい涼しさだったので、賢者は散歩に出かけることにしました。

偶然豪華な家の前を通りかかりました。その家は賢者のよく知る裕福な男の家です。家の前には外国から輸入したエキゾチックな花でいっぱいの美しい庭があります。

賢者が近寄ってみると、その花の多くが満開でした。その美しさといったらありません。色は鮮やかで活気にあふれています。そのあでやかさのなかで、花びらが今にも飛び散ろうとしています。

賢者はこの花を遠くの国、多分彼の一度も訪れたことのない南国の国から移植した人の工夫に驚嘆しました。

彼はその光景を楽しむため立ち止まり、香りをかぐために深呼吸をしました。しばらくしてから、彼は満足げなため息をもらし散歩を続けました。

賢者は裕福な男のことを考えました。その男は最近ひどい病気になったのです。ふたりは古くからの友人だったので、その男のことが気がかりでした。

医者はその病気はストレスからくるものだと言いました。男は会社の経営のために生じる多くの緊張で苦しんでいました。彼はこのビジネスのおかげで裕福になったのですが、その代償を彼の健康によって支払ったのです。

問題は男が責任を持つために、すべてのことを自分ですると言ってきかないことにあります。プレッシャーが増すにつれて、彼は食欲をなくし夜も眠れなくなりました。彼は常に疲労困憊し、人生のささやかな喜びに興味を持つことができなくなりました。

実際にその紳士は何年もの間庭を見向きもしませんでした。時間に追われ、自分の庭の美しい花々のあいだを歩くエネルギーも気力もなかったのです。

突然すべての皮肉が明らかになりました。その裕福な男は自分で庭を持ちながらも、その庭を楽しむことができません。賢者は自分の庭を持っていませんが、その庭を十分楽しむことができます。

人生におけるほとんどの典型的な誤った概念が、幸せにも関連するのと同様に、所有と喜びに向かっています。混乱が生じるのは、たいてい私たちが楽しむために所有するからです。私たちは映画を見るためにDVDを買います。音楽を聴くためにステレオを手に入れます。所有することと楽しむことは親密な関係にあり、私たちはそれらを同一のものと考えます。

しかし実際には、そのふたつはそれぞれ独立しています。一方だけが幸せに繋がっているのですが、幸せに繋がっているのは所有ではありません。楽しむために所有するということは不要なことであり、所有しないことによって楽しむことができるのです。しかし、多くの人はそのように考えません。幸せになるために、楽しむことよりも所有することを選ぶのです。これは現実とは全く逆です。

例えば、幸せのために宝石を買い集める女性を知っています。彼女は指輪、ネックレス、ブレスレットが大好きです。彼女は多くのコレクションを持っていますが、一度も身に付けることはありません。なぜなら盗まれたり紛失したりすることが怖いのです。そのコレクションはあまりに貴重で、リスクを負うことができないのです。

彼女が幸せを感じるときは、新しい宝石を買う少し前と後のみです。宝石を買うことは彼女につかの間の興奮を与えますが、すぐにもっと買いたいという渇望が彼女を襲い、無常にも次の買い物へと向かわせます。

あなたは彼女のような人を知っているかもしれません。もしかすると、あなたが知っているのは車庫のなかにビンテージカーを持っている車狂かもしれません。彼は車の修理や部品の整備をするのに惜しみなく労力を使い、車を磨き光らせることには疲れを知らないにもかかわらず、その車には決して乗らないのです。

もしかすると、あなたは様々な音楽のコレクションを持っていても、そのうちのほんの少ししか聞かない人を知っているかもしれません。何故でしょうか。その人はコレクションのための新しいCDを探すのに忙しいからです。

もしかすると、あなたは新しいデザインのカウチやソファーを入れて部屋の模様替えをした人を知っているかもしれません。彼女はそのソファーの上に透明なプラスチックシートをひいています。なぜならその美しい家具が汚れたりほこりが被ったりするのが嫌だからです。あなたが彼女の家を訪ねリビングに座ると、プラスチックの上に座ることになるのです。あなたはあまり動かないように注意するか、失礼な音を立てるリスクを負わなければならないのです。

もしかすると、あなたは相手のことを楽しむよりも、相手を所有することに焦点を合わせている友達を知っているかもしれません。もしその友達が、自分が何をしているかに気づかずにいると、その関係は多分壊れることになるでしょう。

上記のことには共通する一本の糸があり、それは楽しむことよりも所有することに重きを置いているということがわかるはずです。注意深くあなたの周りを見渡すと、もっと多くの例を見出すことでしょう。

私の本棚には大好きな作家の本がたくさん並んでいます。それぞれの本が美しい智恵の花であり、陽の目があたるのを待っています。私はすでにそんな美しい庭を持っているのにもかかわらず、あの裕福な男のように庭を見向きもしませんでした。花を楽しむ代わりに、本をもっと買おうとしていました。果てしのない所有が習慣となっていたのです。

習慣に打ち勝つということは、自分自身に大きなプレゼントをすることです。以前無駄に使っていたエネルギーや時間を、自由にできるようになります。私たちが今持っているものを使用し感謝することによって、生活の質をあげ幸せの鍵をつかむのです。

あなたの人生には多くの庭があります。どれだけ多くの庭を持っているかは重要ではありません。重要なのは、本当に楽しみたいときに庭を楽しむことができるかということのみなのです。

これからはこの庭の花々に注意を向けましょう。花の香りのなかで深呼吸し、みごとな色を楽しめば、人間の存在の不思議に驚嘆せずにいられません。この限りある世界に天国のかけらがもたらされたことは奇跡です。これがタオです。