一貫

      三宝  スリー・トレジャーズ

 

デリック・リン

 

 

 

タオとは何か

タオを伝授する儀式(得道式)のなかで、「あなたはタオを授かりました」と言われたことと思います。それは何を意味するのでしょうか。あなたが受けたタオとはいったい何なのでしょうか。

「タオ」という言葉は、文脈によりいろいろな意味を持ちます。ある意味、タオはすべてのもののなかに存在するため、タオはすでにあなたの一部であるのです。ですから、タオは受けられるものではないのです。

別の意味においては、タオは霊的探求の道です。それは終わりなき行程であり、発見の旅路です。その意味においては、得道式であなたの受けたタオは方向であると言えます。それはあなたのために照らされた道です。

タオには他にどんな意味があるのでしょうか。タオは存在するすべてのものの源であると言うことができます。その意味において、タオは、神として知られる宇宙の創造主としてもみることができます。

タオは、すべての力の根底にある単一の力、又、すべての自然の法則を生じさせる究極の本質です。もしくは、時の行進をつかさどる進行性の力、生命の拡散、進化の向上、天体の宇宙的運行であるということが言えるでしょう。

霊的観点からは、根本的レベルにおいて、すべてがつながっている形而上学的世界の全魂の総計としてタオを描写できます。又、私たちはタオを、人類のすべての宗教の起源となった究極の霊的真実と呼ぶことができます。

一貫道の最も重要な概念は、上記のすべては実際にはひとつであり同一であるということです。この認識が一貫道の名前の由来です。すべてをひとつに統合するタオ(道)という意味です。

ミスティック・ポータル   玄関竅(げんかんきょう)

一貫道の第1の宝は、ミスティック・ポータルです。ミスティック・ポータルは、あなたの生命の霊的絆です。もし目が魂の窓であるならば、ミスティック・ポータルは玄関であると言えます。

ミスティック・ポータルは、あちこちにその重要性についてのヒントがあるにもかかわらず、多くの人にあまり知られてはいません。たとえば、目を閉じ、両手をしっかり合わせ頭を低くして祈るとき、あなたは無意識にミスティック・ポータルに意識を集中しています。この行動はまったく自然なもので、私たちすべてが本能的に行うことです。

また、何かがあなたを困らせ、しかめ面をしたり、怒って誰かをにらめつけたりするときに何が起こるのかを考えてみてください。このような場合は、あなたのミスティック・ポータルは完全に固く閉ざされています。不安や怒りからくる精神的プレッシャーは、あなたの魂をあなたのまわりのすべてから切り離し、この霊的な玄関に莫大な負担をかけます。

これが、何故私たちが怒ったり不安を抱いていたりするときに他の人々から断絶されたように感じるかの理由です。同様に、ひどく否定的な考え方の人に出会うと、私たちはその人とうまくやるのがいかに難しいかについて話すかもしれません。あなたがミスティック・ポータルの主要な役割をいったん理解すれば、これらの表現は完璧な意味をもつことがわかります。

ひとたびこの玄関が、伝授の儀式(得道式)で叙任されたマスター(點傳師(てんでんし)によって、指点され、開かれれば、ミスティック・ポータルは危険なときと同様に、日常の生活のなかにおいても大変利用価値のあるパワフルなツールとなります。

現代の生活の慌ただしいペースのために、私たちはしばしば混乱した状況に陥ります。私たちの思いはあちこちに散乱し、私たちは一度に何方向にも引っ張られます。そうなったときには、ミスティック・ポータルをあなたの宇宙の中心として考えてください。そして、あなたの散り散りになった思いがそこに戻ることを心に描いてください。そうすれば、瞬時に混乱のなかから単純な道が浮かび上がり、複雑な問題をもっと簡単に取り扱えるようになることでしょう。

突然危険な状況が起こったときには、恐れとパニックに屈しやすくなります。そうすると私たちはよりいっそう混乱し打ちのめされるのみで、更に悪影響を与えてしまいます。ミスティック・ポータルは、別の手段を与えてくれます。それに気付くことにより、直ちに新たな明瞭さと冷静さを取り戻すことができます。明晰な心と抜け目ない沈着さで武装し、あなたはその状況から自分自身を救出する最良のチャンスを手にすることができるでしょう。

ミスティック・ポータルの本質は静穏です。集束された穏やかさの平静な状態において、私たちは自然に神聖さとつながることができます。もしスピリチュアル・セルフ(霊的自己)が光ならば、ミスティック・ポータルは、光がレーザーのような清澄さ、輝度、効力をもった干渉性ビームとなるように集光させる道です。これが、一貫道の第1の宝です。

トゥルー・スートラ   口訣(くけつ)

一貫道の第2の宝は、トゥルー・スートラ(真経)です。それには文字はなく、音で構成されたものです。ですから、無字真経としても知られています。それは音波と物質世界の文書を超えたあるレベルにて共鳴する力のマントラ(真理を表す秘密の言葉)です。

トゥルー・スートラは、大声で言ったり、特定の理由で書き付けたりすることは許されていません。賢者は、経を読む典型的な行程を観察し、多くの変遷を経ることに気付いています。第1に、経は、読経者がページを見るため、目のなかで始まります。そして、読経者が声を出して読むため、口から出てきます。次に、その読経の声が自分の声として読経者が聞くため、耳のなかに入ります。このすべてが終わってから、経は心に入るのです。

この行程のすべての変遷は経を希釈します。したがって、理想的な経はできるだけ多くの行程を迂回するものであるべきです。途中の行程を削るならば、トゥルー・スートラのレベルに達するべく、経に課される制限を減らすことができます。

トゥルー・スートラは、決して書きつけられることはありません。よって、目にふれることはありません。トゥルー・スートラは、大声で唱えられることもありません。よって、口にも耳にも従事することはありません。それは心のなかで創造され、心から直接スピリットへと届きます。

多くの人々がトゥルー・スートラのことを知りませんが、これは新しいものではありません。この起源は少なくとも2千5百年前に遡ります。道徳経には、「話されることのできるタオは、永遠のタオではない。」と記述されています。同様に、サカムニ・ブッダは真なる教えを伝授する際、言葉なく伝授をすることを選びました。彼は、霊的本質の伝達は、経典からはかけ離れたものであると弟子にはっきりと話しました。それは、ひとつの心から別の心へと直接伝授されるものなのです。

音のエネルギーは、極めて抽象的な領域と物質世界の確固たる事象の媒介となります。音なき音であるトゥルー・スートラは、私たちのなかに存在する仏心を呼び起こす、特別にパワフルな方法です。

私たちは、人生で難関に遭遇したときにトゥルー・スートラを使うことができます。あなたは、克服するには難しすぎるように感じる障害に出会うかもしれません。抵抗するには強すぎると感じる誘惑があるかもしれません。対立的な状況に巻き込まれ、礼儀正しくあることがどんどんと難しくなることがあるかもしれません。自分自身以外からの助けが必要だと感じたときはいつでも、心の中でこのマントラを静かに唱えてください。強さの源泉が湧き出てくるのを感じます。

この強さは、外部から来るように感じますが、実は、起源はあなたのなかの仏性にあるのです。仏心の本質は慈愛です。老子は、道徳経の67章で、「慈愛は勇気の根源である。」と述べています。勇気は、強さ ―野蛮な力という偽の強さではなく、性分と心の真の強さ― の根源です。

トゥルー・スートラは、あなたが可能だと考えていたもの以上のことを達成させてくれるでしょう。もし人生における障害や誘惑が朝霧のようであるならば、トゥルー・スートラは太陽のようであるといえます。太陽が出てくると、霧は無のなかへと消えていきます。これが一貫道の第2の宝です。

ハンド・シール   合同(ごうどう)

一貫道の第3の宝は、ハンド・シールです。この宝の主要な意味は、愛の育みです。ハンド・シールは、あなたが腕に赤ちゃんを抱いたときに感じる優しい愛情のこもった象徴的な表現であり、一方の手をもう一方の手で持つという手印です。

最も基本的レベルにおいては、ハンド・シールは私たちのなかの子どもらしさを思い出させるためです。私たちは本来、裁いたり批判したりせず、何にでも興味を持つ子どものような気持ちを持っています。そして、この世で純粋な喜びを経験します。ハンド・シールは、私たちにこのインナー・チャイルドがいかに貴重であるかを思い出させ、タオの修道を通して、どのようにして私たちの本性を再発見できるかを確認させてくれます。

別のレベルにおいては、ハンド・シールは、私たち自身と私たちに近い人々との間の愛を呼び起こします。それは、私たちの人生に意味と目的を与える愛です。私たちがハンド・シールを胸の近くに持ってくると、私たちはそのパワーを感じます。つまり、人類の歴史の長さを超え、芸術の創造と美しい音楽を鼓舞した、愛です。それは不可能なことを達成する、もしくは自分自身を犠牲にさえする動機付けをする力です。私たちにとって、この力、愛ほど生命の核心となるものはありません。

最終的には、この宝の意味は自分自身、家族、友人、愛する人々へと広がります。ハンド・シールの最も高いレベルは、宇宙愛の純粋なる本質です。私たちの外部に対する認識を深めていくと、誰もが人間の形を持った愛のエネルギーであることに気付き始めます。どんな人であれ、すべての人々のなかに神聖が存在することを学びます。

この宝が人類を超えて広がるとき、私たちはすべての生き物が同じエネルギーの一部であることにも気付き始めます。私たちを含む宇宙のすべてのものが、偉大なる宇宙の交響曲の音符なのです。私たちは「宇宙 (Universe)」という言葉が、逐語的にはこの雄大な組曲の「ひとつの詩歌 (Uni + Verse)」を意味することに気付き始めています。

ハンド・シールを使うとき、私たちは音楽的真髄であるこの宇宙に波長を合わせているのです。それは私たちの生命の核心に共鳴します。この大いなる力のもとで、私たちは深い感謝と謙虚な気持ちを感じます。大いなる力は、私たちが愛する人々を養い守るのと同様に、私たちを養い守る力です。

日常の生活において、愛の本質から遠ざかってしまうことは簡単なことです。誘惑とプレッシャーのある物質社会は、私たちの感情を、嫉妬、妬み、そして憎しみにまでねじ曲げてしまうことができます。これらの感情は、不快感、苛立ち、怒り、そして憎しみまでも爆発させます。

ハンド・シールは、私たちを再接続します。感情を抑えられなくなりそうに感じたときや、緊張や不満が高まってきたとき、この宝は、私たちが本当にありたい状態へと戻してくれます。ハンド・シールは、私たちの本性を指し、私たちの内面の最も深い部分において私たちは光であり、神の愛であることを思い出させます。これが一貫道の第3番目の宝です。